
先日テレビで、武蔵野の里山と紹介される映像が放映されました。地名は明らかではありませんでしたが、今なお自然の営みが保たれた里山や、隣接する田畑を観ることができました。筆者の郷里は長野県南部ですが、かなり以前に実施された「農業構造改善事業」によって、古来の農村風景は一変しています。農地はアスファルト舗装された道路と、コンクリートの用水路で区画され、効率的な農作業には便利ですが、動植物や、川の生物にとってはまったく生存に適さない環境になりました。風景も味気ないものとなりました。しかし、このほどテレビで観た武蔵野の風景は、「改善」以前の山里を残していました。
筆者は武蔵野といわれる地域に憧憬にも似た思いを抱いてきました。それにはいろいろなわけがありそうです。武蔵野という地名そのものがある種の郷愁を醸し出します。また、いろいろなところで引き合いに出される武蔵野という地域が、筆者に広い空や大地、特に広大な林などを想像させることが多かったこと。そして、極めつけは、若い日に読んだ自然主義の作家、国木田独歩の「武蔵野」によるイメージです。
もともと歩くことが好きで、長野にいたころはよくこのんで里山を散策したものです。そんな筆者が、いつのころからか武蔵野を歩きたいという思いをもつようになりました。
もともと武蔵野といえば埼玉から東京西部、場合によっては神奈川まで含む広い地域をさしているようです。しかし、戦後の農地解放や宅地、産業開発によって大半はその古来の景観を失っていると言われます。それが気がかりで、どの程度残っているのかと長年気にかかっていました。けれども、いや必ず、昔の風情を残したところがあるはずだと思いつつ、いつの日かきっと歩いてみようと考えてきたのです。
たしかに、国木田の時代(明治後期)の武蔵野はもう、そのひろがりを遺してはいないでしょう。でも、先日のテレビで見る限り、訪ねればきっと、武蔵野はその風情をかならずどこかに遺している、と大いに意を強くさせられたことです。今は日々をただ忙しく過ごしておりますが、そのうち折を見て必ず探訪したいと思っています。

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